子どもたちの健康な幸せを願う  おばちゃんの独り言

今と昔では、ずいぶん違うね。

 

土の上を歩く事が当たり前、それ以外の事があるとは考えもしなかった・・・・・幼いころ。

春は小川で遊び、すべって濡れる事を覚えた。身をもって学んでいた。

いたる所にある植物・草も家族と同じように親しいものと感じていた。

まだ車だって皆の家にはなかった、小学校に初めて入ったテレビを大勢が押しかけて見に行った。

生活が苦しくても、不安を感じることはなかった。

世の中っていうものは、とてつもなく大きくて広くて未知なるもので満ちていた。

自分でそれを幸せと思うようには意識にのぼらない。子どものころ。

 

今、アスファルトかコンクリートは当たり前。生活のなかでは意識に登らないほどに慣れてしまった。

マンションの壁も上は何か貼ってあるが、固いコンクリートや鉄を感じる・・・これも意識しないと通り過ぎてしまう。木のあばら家に住んでいた頃は、季節をそのまま体感していたが、今はこまめに窓の開け閉めをしないと息苦しいほど、建物は気密性が高い・・・。これはいいことなのかな?

車の走る音が絶え間なく耳にはいる。でも、幸い小鳥のさえずりも聞こえてくるので少しは息づいてくる。

子どもの頃は未来なんていうもについて、漠然とひろがりや距離などを感じていた、それはいろいろな事を知らない幸せだった。

知らない事で幸せだった。

成長するにつれていろいろ分かったくる事も、それで自然だった。

 

でもねえ。ところがよお。

今の幼い子は既に知識としていろいろたくさん知っている。

 

ガ===========ン。

これでいいのか?

 

すべってころんで、痛い事も、危ない事も、身をもって経験しないと、頭だけで分かってもね。

それは人としての力にきならないと思うけど・・・・・。